Without Photographs

写真って組み写真やシリーズで総体を評価するみたいな鑑賞方法や評価の仕方が一般的になりつつあるような気がするけど、この1枚が好きという感想だったり、もっと言うと、この写真のこのエリア(領域)が良い、というような話がなされても良い。
Wednesday June 23, 2010

(記録メディアにフィルム時代で撮影した)一生分が入るわけですから、消費者はそのうちに印刷しようと思いながら、そのまま印刷しなくなる“癖”がつく。 それは、シャッターを切ってその場で映像を見て満足するという習慣の始まりと私はとらえています。

北村 正志 キタムラ会長兼CEO(最高経営責任者)

Tuesday June 22, 2010
Photoshopのレイヤーというのが好きで、そのシステムや機能自体が、それで作られた完成品としてのグラフィックよりよっぽどかっこいいと思うし、気持ちをかきたててくれる。レイヤーみたいなのは、現実の画材には存在しないから、もっともデジタルやコンピュータらしい道具だと思ってる
Wednesday June 9, 2010
欲望とか衝動とか制作欲みたいなもので何か作っても、新しいものは作れない気がする。やるべきことをやる態度、義務として、何か抜け落ちた箇所を埋めるような作業、現代美術で見るべきものを作ってる人の「態度」ってなんかそういう、病的なまでにフラットな労働の姿を感じる
Monday June 7, 2010
写真はイメージです。
Tuesday June 1, 2010
でもこのへんの話って、文字情報としてのテキストだけに限った話じゃない。近い将来写真を含めたイメージだって、映像だってそうなる可能性がある。ネットワーク化されることによって、新しい関係性が浮かび上がるような在り方。
Tuesday June 1, 2010
室内のすべての内壁、天井、床が、イメージセンサーで覆われた部屋とか作りたい
Monday May 31, 2010
PPというのは、ポストモダンとかポストロックという言葉からインスパイアされた。
Monday May 31, 2010
Post photographyってのは、ぼくの造語なんで一般性はない。でも検索すると海外のどっかの個人サイトでこの言葉使ってるところがあった。
Monday May 31, 2010
プリントよりもRAWデータのほうが欲しい。普通にそう思う。
Monday May 31, 2010
80年代ごろから、ハイアートの領域で写真プリントによるビッグピクチャーを展示する作家がでてきたんだけど、これは写真作家という領域からはあきらかにズレてた。みんなアメリカ以外の作家
Monday May 31, 2010
ポストフォトグラフィとは、写真が写真でなくなる瀬戸際みたいなもの
Monday May 31, 2010
もっともポストフォトグラフィ的だと感じるのは、グーグル・ストリービュー。これはいろんな意味で写真を決定的に破壊したと思うけど、作家はほとんどそのインパクトを感じ取っていないのも興味深い
Monday May 31, 2010
PPとは、ハイアートの一つの流れ、ということにかぎらず、たとえばデジタル写真の発達。それもコマーシャルの領域で、フォトショとかでポストプロダクションをするレタッチャーが台頭してきたこととかもあげられる。撮らないけど、重要な作業だし、仕上がったイメージはそれまでにないもの
Monday May 31, 2010
Frickrなどのジオタグを集めて表示させると、現実の都市の形が浮かび上がったhttp://bit.ly/9lWGq7 こうした画像もある意味で、写真みたいなもんだよな
Monday May 31, 2010
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